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岡真理「棗椰子の木陰の文学」

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さて、二回目となる今回は、
岡真理さんの「棗椰子の木陰の文学」です。

前回は、一回読み通してから、しかも行きつ戻りつ線を引く形になったので、
ライブ感が失われたかなあということと、
やはり長かったかなあというのが反省点です。

なので、今回も一回読み通した後ではありますが、
一回線を引き始めたら後戻りはせずに文章の最後までいったので、
前回よりは未整理な部分もあるぶん、臨場感が出ているのではと思います。
また、一個目の節で結論部を見ることで若干短めになったかと思います。

小見出しは

■「距離」について:中の人と外の人
■列挙という罠について
■「痛み」について
■再度「距離」と「生」と「当事者」であることについて

となります。
(クリックすると拡大しますが、お手持ちのちくま評論選の方が読みやすいかと思います)
chikuma-oka1

chikuma-oka2

chikuma-oka3

chikuma-oka4


「距離」について:中の人と外の人



まずは冒頭と最後の結論部の確認から行きたいと思いますが、
「書くこと」について思考する上で非常に興味深い事例が本文中にあるのでそれを先に取り上げてウォーミングアップにしてから進みたいと思います。

それで、取り上げたいのは一つの単語でして、会話ではよく使う「そういえば」です。

さて、書き手が一人称で書く文章において「そういえば」は可能でしょうか。
手紙では確かに可能なような気もします。
手紙を会話の代わりと捉える人もいますし、つらつらと思いつくままに書き連ねていくこともあるでしょう。

しかし、この岡真理さんの「棗椰子の木陰の文学」において「そういえば」は可能でしょうか?
僕は、このような一般的な問い方でさえ、答えはNOだと思います。

ですが、さらにそのNOを強く言いたくなるのは、
「そういえば」からの連想で挙げられた内容が、きっちりとあとへつながっていき、
しかも、その流れは、おそらく最初から見出されていたであろう着地点、最終部の主張まで澱みなく流れて行くからです。
そこには「そういえば」が生まれてくるような「つらつらとした思考」に見られるような混乱が一つもありません。
「構成」の中の一つのピースとして「そういえば」がしっかり役割を果たしています。
それはあたかも、芝居の中での何度も練習された台詞のようです。

僕自身、半ば日記化しているようなブログで、しかも散漫な思考をディスプレイの前で展開し打ち込んでいくときさえ「そういえば」を使うことにためらいを覚えます。
そして、一瞬でも、「そういえば」をためらった瞬間に、「そういえば」は「そういえば」という語の素朴さを失ってしまうものだと思います。

僕にとって、このためらいの時間があること、逆から言えば「余裕」があることで、
「書くこと」は会話から大きく隔たったものとして存在します。
そして、岡さんの文章もこの書くことの「余裕」をめぐっての考察だということが見えてきます。

しかし、「飢え」や「戦争」「殺戮」からの隔たりという形で考えると、
今考えてきたように、書くためには時間が必要であり、それは言いかえれば余裕が与えられていることだという意味で「隔たっている」だけではなく、
岡さんをはじめ多くの書き手は、物理的な意味で「飢え」や「戦争」「殺戮」の近くにいないわけで、
二重の意味での「隔たり」を抱え込んでいると言えます。
この、多くの書き手が抱える二つの隔たりのうちのどちらの問題が議論されているのか、
それに注意しながら読んでいくことにします。

それでは、さっそく前者の書くことの「余裕」、書くことに要する時間の問題を岡さんの視点からとらえ直していきましょう。

冒頭で、
「かつてサルトルは、アフリカで子供が植えているときに文学に何ができるかと問うたが、米軍包囲下のファッルージャで、あるいはイスラム軍再侵攻下のパレスチナで、イラク人やパレスチナ人の命など虫けらほどの価値もないかのように日々、人々が殺されているこのとき、いったい文学に何ができるのかという問いは、アラブ文学に携わる私自身の痛切な思いでもある。」

とサルトルから引き継がれた問いに対して岡さんは、
「現実を伝えることができる」という答えににわかに首肯しかねると述べ、その理由として、
「例外的状況が日常と化したイラクやパレスチナの現況では、彼、彼女らが生きているその生の内実が文学作品として必ずや形象化され、私たちの手元に届けられるにしても、それはまだ幾年も先の出来事に思われるからだ。」
と述べます。


そして続けて現地の作家のジャーナリストへの転身の話が置かれます。
「現に占領下のヨルダン川西岸地区に暮らす作家のリヤーナ・バドルは「人はつねに作家でいるわけにはいかない。このような情況下では小説家であることをやめ、ジャーナリストたらざるを得ない。」と語り、パレスチナの状況を直接、世界に発信すべく映像作家に転身している。「今、ここ」の現実を世界に知らしむという意味では、それはむしろジャーナリズムの仕事であって、生き延びること、日常生活を維持することそれ自体が戦いと同義であるような生を」強いられる「今、ここ」の過酷な現実のなかで、文学は依然無力であると言わざるを得ない。」


僕は「直接」という言葉や「今、ここ」に線を引きましたが、
それらとの対比で、書くことが抱え込む必然的な「遅れ/時間/余裕」が浮き彫りになるかと思います。

ですが、注意していただきたいのは、過酷な現実の「なかで」書く人が問題とされており、
「過酷な現実のなかで文学は依然無力である」とはっきりと宣言されているということです。

このような宣言の後で、冒頭に置かれた「文学に何ができるか」という問いに岡さんは答えようとするわけですから、
勘のいい方はお分かりでしょう、
問いが、過酷な現実の「外に」いる私たちには何ができるか?という問いへとスライドし、それに答えるという形になります。

書くことが本源的に持つ「遅れ」という形での「距離」の問題ではなく、
物理的にそのような過酷な現実から隔たっているという問題へとスライドするのです。

中間を一気に飛ばして結論部に行きます。
ジャーナリズムの伝える「現実」の記号性をそこまでで指摘した後に、こう述べられます。
記号に還元されない、人間が生きる諸相を描き、私たちの人間的想像力と他者に対する共感を喚起するもの、そのひとつが文学作品であるとすれば、冒頭のサルトルの問いに対する答えの一つがここにあるのではないか。サイードが『オリエンタリズム』で、合衆国の中東言説において中東の文学に対する言説が欠如していることを指摘し、文学に対するこの無関心が、中東の人々をステレオタイプ化し、「私たち」とはまったく異質な「他者」として彼らを本質化するオリエンタリズム的世界観の構築と実践に深く関与していると語っていたことが、今改めて想起される。イラクで、パレスチナで、アフガニスタンで、人々が殺されている今だからこそ逆に、文学なるものが、他のいつにもまして切実に求められているのだと言える。「今、ここ」の悲惨を伝えるためではなく、そうした惨禍がなかったならば、人々が送っていたであろう物語や、オリーブやオレンジやレモンの木と戯れる子供たちの物語、人が生きることの哀歓を私たちに感じさせてくれるような物語が。


さて、ここで問題なのは、明確には書き手が誰であるのかが示されないという点です。
ただし、書く対象は決まっています。
人間が生きる諸相、惨禍がなければありえた未来、惨禍の前にはあった過去です。
「今、ここ」については、冒頭のように、過酷な現実のなかにいる人には、「書くこと」の本源的な遅れゆえに書けませんし、
まだ触れていませんが、ジャーナリズムが描く「今、ここ」は記号化しています。
そこで、書く対象は、「今、ここ」とは違う、人間が生きる諸相ということになります。

ですが、誰が書き手なのでしょうか。
冒頭の、小説家からジャーナリストへ転向した人間にそれを求めるのでしょうか?
「生き延びること、日常生活を維持することそれ自体が戦いと同義であるような生を」強いられる「今、ここ」の過酷な現実のなかで、文学は依然無力であると言わざるを得ない。」
という岡さんの台詞を忠実に受け取るならばこれは違いそうです。

それでは、サイードが、言及が欠如していると言う「中東文学」は「今、ここ」で作られていないとしたら、どこにあるのでしょうか。
一つの見方としては、過去に既に書かれている中東の文学を各国語に翻訳していく、
という筋道が想起できます。
岡さんがアラブ文学者であることを考え合わせると、これが一番穏当な解答でしょう。

ですが、ここで書き手を明示していない岡さんには、もう一つの解答を模索している節があります。
文章中では、文学によって、想像力が喚起されるというロジックになっていますが、
その「人間的想像力」自体が文学になるのではないかと考えているように読める箇所が散見されるのです。
(そもそも、文学者であるサルトルの問いを、自分を翻訳者としてのみ捉えていて「痛切な問い」として捉えられるかは疑問です。)

ですが、その想像力の発揮は成功しているのでしょうか?
次の節の前半で見ていきたいと思います。


列挙という罠について



実は以下の部分は取り上げるか迷いました。
というのも、あまりに個人的過ぎる読解は、共有しづらいかと思って自重しようと思っていたからです。
しかし、一読目に「ひっかかった」部分ですし、そこから周囲にほころびを広げていった感じなのであえて挙げます。
「最初の違和感」というのはやはり大事でしょう。
多分に個人的な経験を介在させていますが、いきます。

パレスチナ難民についての記述です。
p209最終段落「半世紀以上も前、暴力的に故郷を追われ、家も畑も財産も一切を失いキャンプで生きてきた難民たち。やがて歳月の経過とともに、国連から支給されたテントはトタン屋根とアスベストでできたバラックとなり、バラックはブロックでできた家になり、家族が増えるにつれ二階、三階と建て直しされ、わずかな蓄えができるたびに子どもたちのベッドを、家族のためのソファを、妻のための鏡台を、箪笥をと買い揃え、マントルピースの上には人生の折々に撮られた記念写真が額に入っていくつも飾られ、そして、今度まとまったお金ができたら高校に進学した次男のために屋上に勉強部屋をしつらえてやりたいとか、もうすぐ結婚する長男の寝室を整えてやりたいとか、そこには、これまでその家で家族一人ひとりが生きてきたたくさんの思い出とともに、ささやかなたくさんの未来の夢や願いが込められていただろう。それが、ある日突然、占領軍のブルドーザーによって何もかも破壊され、ただの瓦礫の山にされる。失うものさえもはやなく、残されたものはただ、未来に対する絶望と占領者に対する限りない憎悪だけだとしたら・・・・・・?娘をパレスチナ人の自爆者に殺されたイスラエル人の母親は言う。娘を殺したのはイスラエル政府だ。パレスチナ人のオリーブを根こそぎにし、彼らの家を破壊し、テロリストを育てているのはイスラエル人政府なのだ。」


僕はここを読んだとき、ああ、この人は「想像すること」で叱られたことがないのだな、と感じました。
僕は尊敬する大人に、こういった形での想像力の産物の列挙でこっぴどく怒られました。
日本の、60年代について想像で書いたときのことです。
だから、僕はいまだに歴史や、遠くのことについて語ることに大きな怖れを持っています。

もちろん、前半から真ん中にかけての記述は、岡さんの想像ではなく、
実際に見聞きしたことや、あるいはなんらかの文学作品の中の記述かもしれません。
しかし、ここからは憶測ですが、なんらかの典拠があるならばなぜそれを示さないのか、
また、あとの章で扱い直しますが、なぜ「だとしたら・・・・・・?」と読み手に想像を強いた上で、
最後は「当事者の意見」で、疑問の封じ込めを図るのか、
それを考え合わせると、僕にはここはかなり岡さんの想像が入ったものに思えます。

もちろん、想像だから無条件に悪いということはなく、それが現実とどの程度隔たっているか、
逆から言えばどこまで現実に接近できているかでしか善悪ははかれないものではあります。
そして、この部分の現実について僕は知らないので、この記述の正当性の有無はおいておきます。
あくまでここが最初に「ひっかかった」点だったということです。
(想像の産物かどうかも憶測の域を出ませんし)

確認したかったのは、もし「中東の文学」が、現在過酷な現実のなかにいない人によって、
「翻訳」でなく、「想像力」によって「創作」されるならば、それはかなり危ういものではないかということです。
そして、たとえ「書く」という形での「創作」ではなくても、テレビ映像の背後を読み取るように行使される「人間的想像力」は、
時にひとりよがりなものにならざるをえないのではないでしょうか。

これで、文学の効能として挙げられたふたつのうち、「人間的想像力」が両刃の剣であることは示せたかと思います。
それでは、もう一つの効能の「他者に対する共感」の検討にすぐにでも行きたいのですが、
その下準備として、岡さんのジャーナリズムに対する態度を先に確認したいと思います。

すごく細かいところですが見ておきましょう。
p208の最終段落からです
「瓦礫の山の傍らで、スカーフをかぶり、伝統衣装を着た年配の女性が両手をあげ、天を仰いで泣き叫ぶ姿。テレビのニュースが、パレスチナにおける家屋破壊という出来事を伝えるときの定番となっている映像だ。そこでは見事なほどすべてが記号と化している。瓦礫の山は「破壊された家」の記号であり、スカーフと伝統衣装は「パレスチナ」の、泣き叫ぶ様子は家を失った住人の「悲嘆」の記号である。こうして記号化された映像は、わずか数秒で出来事を効率よく切り取って視聴者に伝えるが、それ以上に家屋破壊という出来事が起こるたびに、同じような、個別性を剥奪され、ステレオタイプ化した映像が反復されることで逆に、視聴者の目に出来事自体を陳腐化させ、出来事の意味、すなわち人間にとって家が破壊されるという出来事が意味するものそれ自体を徹底的に無化するという効果を持っている。
 だが人間にとって「家」が破壊されるという出来事は単に、ブロックでできた箱が瓦礫の山になることに還元できはしないはずだ。」


問題は二つあります。
一つ目は、「瓦礫の山は「破壊された家」の記号であり」という箇所と「人間にとって「家」が破壊されるという出来事は単に、ブロックでできた箱が瓦礫の山になることに還元できはしないはずだ。」という箇所がうまく対応していないことです。
間に「だが」という言葉をはさむ必要がよく分からない。

僕は、一個目の「瓦礫の山は「破壊された家」の記号であり」に何も問題は感じません
その通りだと思いますし、すでに家はないのにもかかわらずそれが「破壊された」と即座に想像できる人間はすごいなと思います。

そして、二個目の「人間にとって「家」が破壊されるという出来事は単に、ブロックでできた箱が瓦礫の山になることに還元できはしないはずだ。」という言葉にも同様にその通りだな、と思います。
そこにはプラスアルファの何かがあるはずです。

即興で作ってみた文章ですが、
「丁寧に折りたたまれた服の山は「洗濯された服」の記号とされている。しかし、服が洗濯されるという出来事の意味は服が丁寧に折りたたまれるということには還元できはしないはずだ。」と書かれているのを読んだような困惑です。
前半と後半がそれぞれに正しいのはわかるけれども、間に「しかし」と入る意味が分からない。

ともかく、何かに憤っているということは伝わりますが、
おそらく書き手の主張であろう後半部に対して、前半のような記述を置く必要があるのか、
それがよくわかりません。

細かい部分ですが、最終的には、
文学=物語の必要性を言う岡さんの主張にとって、ジャーナリズムをたたく必要があるのか?
という疑問につながります。

二つ目は、列挙された「瓦礫の山は「破壊された家」の記号であり、スカーフと伝統衣装は「パレスチナ」の、泣き叫ぶ様子は家を失った住人の「悲嘆」の記号である。」という三つの例がそれぞれ等価ではないこと。

まず一個目の、瓦礫の山が「破壊された家」の記号、というのには何の問題もないと僕は思います。
次に、二個目を飛ばして、三個目の、泣き叫ぶ様子が家を失った住人の「悲嘆」の記号とされつ、という部分ですが、
確かに、家を失った住人の「悲嘆」が全て、泣き叫ぶ様子に還元されはしないでしょうが、
重要なことは、そのことを泣き叫ぶ人たち自身がわかっており、しかしその時にはそのように外に出す(express)しかなかったということです。
「泣き叫ぶ」は、彼らがその時点で唯一選択しうる表現だと考えられ以上、
そこでこぼれるものがあるという指摘は、それはそうでしょう、としか言えない。
そして、三個目の、スカーフと民族衣装ですが、これは、着ている人自身が何かを表現しようとして選択的に着ていると考えられる点では「表現」なのですが、
しかし、集団を「パレスチナ」というレベルで取ると、確かにそれだけが唯一の表現・選択ではないと考えられるので、これは問題でしょう。
(もし、パレスチナの人が、全員民族衣装とスカーフを着用している=唯一の選択なら、これは、少なくともその時点では特に問題ではないということになります)

長くなりましたが、このように、レベルの違う三つのことが、
同様に「否定すべきこと」としてひとくくりに現われてきます。

まとめとしては、
なぜ以上のように筆が滑るまで「ジャーナリズム」を否定しようと岡さんが躍起になっているのか、
その違和感のようなものをつかんで次に進むことにしましょう。


「痛み」について



文学の効能として「他者に対する共感」を挙げる岡さんですが、
そもそもジャーナリズムの伝える情報からは、そのような共感は生まれないのでしょうか?

・・・・・・爆撃は油田を破壊するだけではない。爆風は木々をなぎ倒し、炎は林を焼き尽くすだろう。人々の大切な生の一部、故郷の原風景、記憶の一部を破壊するのだ。焼かれ、引き裂かれる木の痛みや叫びはそのまま、バスラの人々の心の痛みや叫びに重なるだろう。バスラの人々が棗椰子とともにどのような生を営んできたか、その具体的な生の細部を私たちが知らないならば、焼け焦げた棗椰子の映像を私たちがたとえ目にしても、それは、「戦争の惨禍」なるものを伝える記号にとどまり、棗椰子とともに生きてきたバスラの人々の心の痛みまでは思い到らないのではないだろうか。


上に挙げた部分を虚心に読めば、
それはジャーナリズムが伝える情報が、
文学の教える生の細部を背景とすることで観る者に「痛み」を覚えさせるという構図です。
ここだけを見れば、ジャーナリズムと文学とは対立するものではなく、
相補うような関係にあることがわかります。

ですが、先ほど見たように、
ジャーナリズムに対する岡さんの態度は、その「筆の滑り」にも見られるような形で、
過度に否定的な色彩を帯びています。

結論から言うと、岡さんがこのような袋小路的な状況にはまりこみ、
かなりの強弁とも言える形での文学擁護、ジャーナリズム批判に回らねばならなくなったのは、
先に触れたような「二重の隔たり」のうちで、
書くことに内在する本質的な「遅れ」ではなく、
物理的な隔たりの方に照準してしまったからです。
その部分に照準する以上、文学とジャーナリズムの差異はあるグラデーションの中に溶け込んでしまい、
それを強引に分けようとすると無理が出てしまいます。

それでは、その文学の本質的な遅れ、から目をそらさずにどのような文学擁護が可能でしょうか。
最後にその点を考えてみたいと思います。


再度「距離」と「生」と「当事者」であることについて



「書く」ためには「時間」が必要です。
そのためには、「生」から、生きるために生きることから少しの間でも離れなければなりません。
言い換えれば、一瞬でも「生」の「当事者」であることから抜ける、「距離」を取ることが必要です。
岡さんが最初に書いたように、その「時間=余裕」が戦火の中にある人には与えられているようには見えないこと、
これがそもそもの問題でした。

そこで、イラクの作家は、その時間を必要としないジャーナリズムへと転向します。
それに対して、岡さんは、文学は「今ここ」ではなく、そこにあったはずの生の細部を描く、という形で対抗させようとします。
しかし、それを「物語」と呼び、ジャーナリズムから遠く離れた地点に置こうとしても、
やはり、それは情報量という連続的な尺度のもとでの差異に過ぎないように思われます。

それでは、文学に何ができるか。
これはやはり、少なくとも現時点で過酷な現実の中におらず「時間=余裕」が与えられている私たち、という事実を直視することからしか生まれてこないように思います。
「当事者ではない」という否定形で考えるのではなく、
「時間」が与えられていると考える。

そういうものとして「書くこと」を考えると、
そこでは、筆を滑らせたりは絶対にしない、
想像力を使うにしても安易な使い方をしない、
そして、最後まで徹底的に考え抜く、
お題目に過ぎないしれませんが、そのような答えが浮かんできます。
そのように時間を使うことが、書く側には求められているのではないか、
それがこの文章を読んでの最初の「ひっかかり」から僕が考え続けていたことでした。



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